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日本人がやたら見た目を気にし過ぎたり、ついつい他人と比較してしまう本当の理由

日本人がやたら見た目を気にし過ぎたり、ついつい他人と比較してしまう本当の理由

 

皆さんは、自分の見た目を気にし過ぎたり、

他人の目が気になって仕方が無かった経験とかないですか?

 

僕は何度かあります。

 

というか美容師やっている以上は、

お客様からどう見られるか?はとても大事な要素なので、

もちろん気にします。

 

ただ海外に住んでみると、

不思議とそういった見た目がどうとかはどうでもよくなったんです。

 

なぜなんだろうと思い調べてみると、

色々な事実や日本という国の特徴等いくつかの理由が判明しました。

 

確かに、見た目を気にすることは悪いことではありません。

 

ただ一部の人の中には、

見た目に対してやたら気にし過ぎな人がいるのも事実ですよね。

 

そこで海外で見てきた僕が感じた外国人と日本人の感覚の違いや、

比較をしながら、何が原因でそういう文化を生み出しているのか?

を詳しく解説していきたいと思います。

 

 

「メラビアンの法則」を知ってますか?

 

人が相手の見た目を判断する時に、

どういった理由を持ってそれぞれ見分けているのでしょうか。

 

それには、

『メラビアンの法則』というある法則を知っておく必要があります。

 

第一印象の重要性(メラビアンの法則)

視覚 ・・・ 55%(見た目)
聴覚他 ・・・38%(声のトーン、香り他)
話の内容 ・・・7%(会話の内容)

 

上図で示したように、

人間は相手を見た瞬間にこのような情報を認識し、

判断しています。

 

見た目、姿勢、表情、着ているもの、動き、仕草など。

 

ほとんどが、「視覚」によって相手を判断していることが分かります。

 

それだけ「見た目」を整えることは相手に好印象を与える事になり、

その印象が大きく関係するのです。

 

ただ日本人の場合は、第一印象で相手を判断する能力が、

他国の人種よりも長けている、と言われています。

 

その理由を以下説明します。

 

 

日本人特有の相手を判断する基準

 

 

日本では昔から日本人特有の文化であり、その人を判断する基準にもなる、

上下関係を計る『年功序列制度』というものがあります。

 

その時の主な判断材料になるのが、「学歴」「見た目の印象」「年齢」など。

 

長年学歴社会として認識されてきた日本人は、

年齢が上とか下とかで、相手がどういった勉強をしてきたとか、

どのような教育を受けてきたかで相手を判断します。

 

要は、年齢によって現在のその人の思考をだいたい見抜くことができるということ。

 

例えば、中学生ならこういう知識を持ってるとか、

「◯◯大学に通ってるなら◯◯な人だ」といった感じです。

 

更に見た目の何となくの年齢や、性別などで、

相手を「視覚」だけで判断し、相手のことを読み取ろうとする。

 

それは、日本という規律の整った国であることから、

ほとんどの人が平均した育ち方や、似た環境で教育されて育つからなんです。

 

 

皆平等に教育を受ける制度である「義務教育」などが良い例ですよね。

 

ただしその感覚が通じるのは、日本人同士での場合だけです。

 

当たり前ですが、

海外では学歴や肩書きなど全く関係なく生活している国も多数あります。

 

もちろん教育を受けることが出来ない人達もいるのです。

 

子供の時から当たり前のように仕事をして、

必死に稼いで生活している人もいる。

 

そういった人達と触れ合うと、

いかに日本という国が全てにおいて整っていて、

皆平等に権利を得れる国なんだと感じます。

 

でも逆にそれは、日本人が恵まれている分、

「多様性が無い国民である」ことにも気づかされるのです。

 

日本人が相手を見た時に判断する基準は、”自分と似てるか、似てないか”

 

実は、日本人はたったこれだけで相手を判断してると言われているのです。

 

 

日本人も多様性の時代にシフトすべき

 

 

日本に住んでいる人は当たり前ですが、

日本生まれの日本育ちの人が多いですよね。

 

周りを見渡しても日本人。

 

友達や家族、職場のほとんどが、

日本人の日本人しかいない環境となっています。(一部の地域は除く)

 

実はこれは、世界的に見てとても珍しい環境。

 

他国の多くは、親の国籍が違ったり、生まれは外国、

隣の家には外国人が住んでいたり、

学校も職場も多国籍で構成されているような環境において育っていきます。

 

小さいときから身近に外国(異文化)が当たり前にいる環境で生活しているのです。

 

僕が住んでいたニュージーランドもオーストラリアも多国籍社会。

 

どちらの国も移民は多く、特に外国人の多い都市部では、

白人、黒人、アラブ人、アジア人、エスパニックなど。

 

日本と全く違い、似てる部分なんてほとんど無い人ばっかりが住んでいます。

 

実はこの環境の違いが、

日本人と外国人の、感覚の違いを作り出しているのです。

 

例えば白人を例にあげても、

背が高い人もいれば低い人もいるし、太った人もいれば痩せた人もいる。

 

瞳の色はブルー、グリーン、ブラウン、ブラックなど。

 

髪の毛の色も、金髪、茶髪、赤毛、黒と個々にバラバラであり、

肌の色も人によって大きく違う訳です。

 

白人だけで見てもこれだけの差があり、

更にアジア人や黒人なども合わさると、

見た目で相手のことを判断するなんて不可能なんですね。

 

それだけ多様性のある社会にいると、

全ての人と仲良くすることなんて意味の無いことであり、

興味のある人としか接しなくても全く問題ない。

 

むしろ友達以外の人に対して興味が無くて良い。

 

興味があれば話す。

 

無ければ話さない。

 

それだけ。

 

『色々な人がいて当たり前』の環境で育ってきてるので、

皆平等や均等などと言った感覚すら必要ないのです。

 

日本人と違い、相手と似てるところなんてどうでも良いことなんですね。

 

それに対して日本人は白人に比べて、見た目の差がほとんどありません。

 

身長・体重などの体格の違いも大きな差は無いし、

目の色も髪の色も部位を見てもほとんどの人が同じに見えます。

 

そして現代では、服装やメイクなどの特徴も、

モデルさんや流行を参考にしてる人が多いので、

更に見た目の差がなくなる。

 

外国人がよく日本に観光で行くと、

「日本人はみんな似てるね」と言われるのはこの為です。

 

このように日本は、

見た目や感覚的に多様性があるとは言えない国であり、人種でもあります。

 

それが原因で日本人が見た目(体裁や周りの目)をやたら気にしてしまう。

 

見た目だけではなく、価値観というものも似てる人が多い為に、

誰にでもその自分の価値観を当てはめようとする。

 

自分の考えが間違ってないかのように。

 

それが逆に大きなデメリットでもあることは知っておく必要があると思います。

 

特に最近の外国人移住者の増加や新しいテクノロジーの発展、

お金稼ぎの多様性や教育や子育ての仕方の変化なども、

全てこういった「価値」というものが大きく変わりつつあるのです。

 

もうすでに現代では、

”旧価値観”では通用しなくなってることに気づかないといけません。

 

僕たちは色々な視点で多様性を持って、

受け入れていく時代に入ってきたのではないかと思います。

 

 

 

他人がどうであれ、”自分は自分である”

 

 

「ちょっと目が大きい」

「ちょっと顔が小さい」

「ちょっと髪がきれい」

「ちょっと背が高い」など、

 

日本人のほとんどの人が気にするのが、

他人と区別を分ける外見的特徴に集中します。

 

実は外見を気にする理由の一つに、

『日本社会でうまく立ち回るための自分の立場の確認』

をしていると言われています。

 

見た目が一緒だから変じゃないと安心したり、

似せることで自分が日本社会で間違ってないと、

再確認する為に必要な思考。

 

でもその結果大きく失ったものがあります。

 

それが、『個性』

 

前に『個性の大切さ』について記事にしたのでよかったら読んでください。

↓↓↓

「個性はいけない」と教えられる日本と、「個性は宝」だと教えられる海外

 

日本人の多くは、この個性を失い、

更には、自分というものを持ってない人間が多く誕生しています。

 

周りに合わせるしか自分を表現できなくて、

自分の魅力を自分自身で抑え、

自分の人生を誰かに任せ、自分で責任を取れない。

 

困ったら誰かのせいや環境のせいにし、

自分が間違ってないと言い張る。

 

そういった環境や思考を自分自身で作り出してしまうことで、

自分が窮屈になり、自殺をしたり、ストレスから病気になる人もいます。

 

最近の日本は知らないうちに先進国でもトップレベルの自殺率を誇っているのです。

 

それは本人にも原因はあると思いますが、

そういった多様性を認めにくい環境が原因で、

『死』を選択するしかないということに問題があるのではないでしょうか。

 

このままでは日本人の中に、

「本来の人間らしい人間がいなくなってしまう」とも言われているのです。

 

いつの日からか、社会全体の規律を守る為に、

教育や社会の雰囲気が原因で、

周りを気にして生きていくことが当たり前の世の中になってしまいました。

 

その結果国や企業としては安定しているのかもしれません。

 

でも人間として、

日本人としてはだんだんおかしな方向に向かってると思います。

 

もっと自由でもっと誰もが物やお金の為ではなく、

自分の生き方を彩る方法がいくつもあるはずなんです。

 

物質的な豊かさではなくて、精神的な豊かさこそ、

一番大切にしなければいけないこと。

 

「他人は他人、自分は自分」の欧米では、

他人からどう思われているかを気にしない代わりに、

他人の行動も全く気にしない人が多い。

 

他人のすることは、自分には関係ない。

 

それは、社会全体が色々な人がいても良いと思える空気を作り出しているから。

 

自分の居場所を作るのは自分だけ。

 

でもそれに伴った周りの環境が整ってなければ、

自分を表現することなんてできないのです。

 

それこそが僕たち日本人が目指す大きな課題であり、

一人一人が意識しなければいけないこと。

 

その為にはまずは世界を知ってください。

 

もっと違うものがあるということを受け入れてください。

 

その小さな意識の積み重ねが、

新たな社会を作り出すきっかけになると思っています。

 

そして、”良い意味で他人に興味を持たないこと”

 

すごく良いキーワードだと思うので、

ぜひ参考にされてみてください。

 

 

読んで頂きありがとうございました。